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11/1投稿分のつづき
CHILDREN OF GROUND
第1章 沈黙の森
2:少女
:
第1章 沈黙の森
2:少女
:
カシスとクノンは空を見上げた。
頭上にはぽかりと丸い穴が空いて、蒼い空が覗いている。その淵をなぞるように、黒い影が弧を描いて飛んでいた。
(……鳥?)
カシスは思った。小指の爪ほどの大きさにしか見えないが、かなり大きな鳥のように思えた。猛禽類のようだ。みるみるうちに、影の数が増えていく。それにつれて、奇声の数も増えていった。あの音は、おそらくあの鳥の鳴き声なのだろう。
「なんだろう?……妙だ」
隣でクノンが呟いた。確かに、ただの渡り鳥の群れには見えない。異様な光景だった。
十数匹も集まっただろうか。あたりはギャアギャアと耳障りな音で包まれた。
よく見ると、その中の数匹が大きいことに気付いた。いや、段々大きくなっている。
はっとして、カシスはクノンを振り返った。
クノンは空を見つめたまま、微かに引きつった顔をしていた。
クノンが何を見たか、カシスにはわかっていた。
「走れ!」
クノンの背を軽く押し、カシス自身も駆け出した。
次の瞬間、背後で烈風を伴った大きな羽音がした。
天高く弧を描いていたはずの鳥が、襲い掛かってきたのだ。
いや、それは、鳥などではない。
首のなくなった鳥に、白い面をはりつけたような姿。紛れもない。
魔物だ。
「くそ!」
カシス達は木々の間を滑るように駆け抜けた。
怪鳥たちは、羽を広げればゆうに2、3メートルは越えるほどの巨体だ。この森の中を飛んでくるのは難しいはずだ。
「沈黙鳥だ」
出し抜けに、クノンが言った。
「沈黙鳥の鳴き声には、他の生物の声を奪う力がある」
カシスは、横目でクノンを伺った。クノンは歯を食いしばって、起伏の激しい地面を必死で駆けていた。
「声、だと?」
走りながらの会話は難しい。囁くようにカシスが訊き返すと、クノンは大きく頷いた。
「だから、カシス――」
言い終えぬうちに、クノンの姿が消えた。
正確に言えば、クノンを突き倒して巨大な青黒い影が飛びすぎていったのだ。
「クノン!?」
彼は弾き飛ばされ、宙を飛び、大木に背中からぶつかった。そのままずるずると滑り落ち、地面に横倒しになった。
クノンに駆け寄る。動かないクノンの肩に手をかけたそのとき、ギャア、とひとつの鳴き声が聴こえた。
見上げると、長く張り出した枝に、沈黙鳥が泊まっている。
青黒い羽毛に覆われた体を丸く縮め、顔を上に向けると、天を突くように、金属を擦り合わせたような鋭い一声を発した。
カシスは思わず両手で耳を覆った。そのとき、咽喉に何か引っ掛けたような痛みが走った。
カシスはその場で激しく咳き込んだ。地面に屈みこみ、背を丸めた。咽喉の奥に小石でも放りこまれたかのようだった。
どのくらいそうしていたか。気付けば、怪鳥の奇声はもうやんでいた。咳き込みながら、クノンを見やる。みじろぎはしているが、起き上がれないようだ。意識が朦朧としているのか、焦点がはっきりしてない。声を掛けようとして、痛みで話すことができない。クノンが言っていたのは、このことか。
咳をぐっとこらえ、カシスは立ち上がり、剣を抜いた。
クノンを背にしてあたりを見回すと、四方を沈黙鳥に囲まれていた。青黒い体毛の上に浮かぶ顔が、幽鬼のように、虚ろな目でこちらを見ている。
カシスは唾を吐き捨てた。彼が剣を構えるのと同時、沈黙鳥が動き出した。
***
カシス・クロウザーは、15の時まで、一人の師について剣の扱いを学んだ。
それは、古くから伝わる剣術であり、もはや忘れさられた剣だ。その剣術は、他の剣術とは一線を画す。彼が学んだ剣は、始祖の二つ名 “悪魔狩り(アウトレジアス)” が示すとおり、人ではなく魔物を滅ぼすための剣だ。
破邪の剣--かつてはそう呼ばれていた。
***
カシスは、向かってきた爪の合間をかいくぐり、沈黙鳥を袈裟切りにした。短い悲鳴とともに、巨体が地に沈む。返り血で、彼の頬が黒く薄汚れた。
これで、5匹目。ようやく5匹目だった。既に息が上がっているのを、カシスは自覚していた。まだまだ倍以上が彼らを取り囲んでいるというのに。
沈黙鳥は、樹冠の下、太い木々の合間を縫うように旋回するか、あるいは高い枝に泊まって、こちらの様子を窺っている。そして、そのうち数匹がまとまって急降下して襲ってくるのだ。魔物風情が、完璧な連携を取れるとは思わなかった。打ち払うのが精一杯だった。
(くそが……)
そう毒づく声もない。叫ぶこともできず、沈黙鳥の不吉な声が鼓膜を掻き乱す。いつまで集中力が持つだろう。自分の情けなさに歯噛みする。だが敵の攻撃に躊躇はない。
風切り音とともに、一匹が目にも止まらぬ速さで飛び込んできた。カシスは一瞬のタイミングを逃した。気付けば、沈黙鳥の翼に剣を弾き飛ばされていた。
剣が落ちた先を見る間もなく、カシスは地面に叩きつけられた。息が詰まると同時、頭がひどく重かった。沈黙鳥の足が、彼の頭を踏みつけにしている。カシスがあがけばあがくほど、締め付けは強くなり、頭蓋が嫌な音を立てた。
もう駄目なのか――
諦めかけた瞬間、ふいに体が軽くなった。地面に埋もれて暗かったはずの視界に、光が差し込んでいる。はっとして顔をあげると、沈黙鳥が飛び去っていた。そして、彼の目の前には、よろめきながらも杖を構えたクノンがいた。その尖った先端に、黒い血がこびりついていた。
(やめろ!)
声にならない叫びをカシスはあげた。クノンはカシスを見ていなかった。木刀のように杖を構え、厳しく頭上を睨み上げている。クノンは、魔法もなく腕力だけであの魔物に立ち向かおうとしていた。あの細腕で、無理だとわかっているだろうに。
沈黙鳥が、一斉に飛び掛ってくる。
カシスも駆け出そうとした。しかし、こめかみが引きつり、視界が暗くぼやけ、刺すような痛みが走った。
(くそっ――)
体が、思うように動かない。
間に合わない。クノンが、杖を握り締めるのが見える。
焦燥の一瞬を切り裂くように、凛とした声が響いた。
『オーヴァ シン オプティルカ スパズ……ファランゾルン!』
空間が裂けた。
周囲全ての色が消えうせるような、目を焼くほどの白銀の閃光が、沈黙鳥を一度に飲み込んだ。
クノンの元に殺到していた沈黙鳥は、見事に消え失せ、青黒い羽だけがちらちらと降ってきた。様子を見守っていたほかの鳥が、色めきだって騒ぎ始めた。
クノンではない。彼は、口をぽかんと開いて、今見た光景が信じられないでいるようだった。
カシスは、痛む頭をおさえながら首をめぐらせ、光がやってきた方向を見た。
木々の合間から、人影が現れていた。
(あいつは……)
人影は、見覚えのある深緑色の外套を纏っていた。あらわになった顔は、さして年の変わらぬ少女だった。白い肌。青い瞳。そして、カシスは我が目を疑った。
緑色の髪。
その長い髪をなびかせながら、フィアは悠然と歩み出てきた。
つづく。
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