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10/30投稿分の続きです。
キリがわるくて妙に長いです。

CHILDREN OF GROUND
第1章 沈黙のもり
2:少女



「待ってカシス!!」
「ぁあ!?」
 
 走り始めて間もないにもかかわらず、クノンがはたと立ち止まった。思わず数メートルほど行き過ぎてから、カシスは振り向き様に声を荒げた。

「別に走らなくてもいいと思う」

 膝から力が抜けそうになるのを堪える。クノンは至極真面目な面持ちで続けた。
「――っていうのもあるけど、ほら」 
「跡が続いてる、って言いたいんだろ? そのぐらい、気付いてるよ」

 例の何か大きなものを引きずった跡は、カシスたちが向かおうとした方向と全く同じ方に伸び続けていた。この跡と、さっきの現象。関係がないと思う方が無理だ。

「気をつけた方がいいんじゃないかな」
「…そだな」

 クノンが杖を右手に持った。カシスも冷静になって、左手で剣の鞘口を掴んだ。第一、森の中はあまり走りまわらないほうがいい。無駄な体力を使うだけだ。 
 
 それ以降は、二人とも口を閉じて進んだ。跡は、彼らを導くように同じ方向へ蛇行している。
 
 嫌な空気の中、やがて、陽光の差し込む開けた場所に出た。

「これは……」
 
 絶句する。
 
 木が数本、なぎ倒されていた。そのせいで、日の光が暖かく差し込んでいる。さっき地面が揺れたのは、これの所為かもしれない。そして、その木の上に何かが横たわっていた。となりのクノンが、はっと息を呑んだ。カシスは眉をひそめた。

「なんだ、あれ……?」
「エキドナだ」
「なんだって!?」

 クノンが呟いた名には、カシスも聞き覚えがあった。

 魔物の中の魔物。半女半蛇の化け物。目の前に横たわったエキドナの巨躯は想像以上だ。仰向けにのけぞったまま、木々の上でピクリとも動かない。見ようによっては、寝台で眠っているようだった。

 慎重に近寄る。エキドナの体液か、異臭がした。近寄ってみてやっと、エキドナが少しのけぞって見えた理由がわかった。木の枝が、背中から突き刺さっている。エキドナの見開いた目は毒々しい赤で、その顔は黒い体液にまみれて醜悪に歪んでいた。

 うげ、とカシスは思わずうめいた。

「しかしまぁ……何があったんだ? エキドナだろ? そんなレアな魔物が、こんな風になるとか」
「爆発……かな?」

 クノンは、すぐ近くの地面を調べていた。正確に言えば、エキドナの真正面の地面。クノンが立っている場所から先の地面は、エキドナに向かって放射状にめくれていた。真新しい土が覗いている。

「エキドナは、きっと何かに吹き飛ばされたんじゃないかな。爆発かなって思ったけど、焦げた様子がないから、燃えたわけじゃないみたい。何かが、エキドナを地面ごと吹き飛ばしたんだ」
「一体、何が?」

カシスは、エキドナから離れながら、訊いた。クノンは首を振った。

「魔法でこんなことができるか?」
「出来なくはないと思う。でも、ハイレベルだ。十人くらいが一斉に魔法を放ったっていうんなら別だけど」
「……別の魔物の仕業だと思うか?」
「ちょうど、そんなことを考えていたところだよ」

 クノンは硬い表情をしていた。
 
 カシスは、嘆息した。自分の気が沈んでいくのがわかる。
「ヤバイところに迷い込んだみたいだな」
「はは。まぁ、後悔しても遅いけどね」
 
 その時、カシスは視界の端で何かが動くのを感じた。
 
 カシスは反射的に剣を抜いて構えた。

「カシス!?」

 クノンが驚いた声をあげた。言いながらも、クノンも杖を構えていた。

 カシスは森の奥を見据えていた。

「……コソコソしてねぇで、出て来い」

 気のせいではない。確信していた。はっきりとは見えなかったが、絶対に何かがいる。

 背の高い木が何本か倒れた所為で、この辺りはかなり明るい。カシスは、剣を両手で構えながら、日影へと近づいていった。何かがいる方向へ。クノンがぼそぼそと何か呟くのが聴こえた。詠唱だろう。
油断なく、散歩する程度のゆっくりとした足並みで、幹の太い木のそばによる。

 あと十歩程度のところで、いきなり木の裏から何かが姿を現した。カシスは斬りかかろうとしたが、向こうの方が、動きが速かった。

「待って」

 カシスはギリギリで踏みとどまった。女の声だった。

 現れたのは、人影だった。深緑色の外套を身に纏っていた。フードを目深に被っていて、顔はわからない。だが、肩の前で降参したように両腕をあげ、じっとしていた。その左腕にだけ、黒布がぐるぐると巻きつけられているのが、妙に目に付いた。

 カシスは構えを崩さなかった。

 現れた女は――女だろう、声からして――続けた。

「ええと…剣をしまって欲しいんだけど。お互い、通り過ぎただけでしょう? わたしとあなたが喧嘩する理由なんてないでしょう?」

 女は、怯えているようにも見えた。カシスはゆっくりと剣先を下ろした。だが、鞘に収めることはしなかった。間合いは充分だ。自然体をつくるふりをして、斜に構える。

「あんた、こんな所で何してるんだ?」

 カシスは低い声で訊ねた。女は身じろぎした。

「何って……ただ通りすがっただけで」
「何か見たか? ここで」
「あの、あなた達と一緒よ。来てみたら……こんな風になってて。怖くて。その――」

 女は肩をすくめた。

「剣をしまってくれないかしら」

 カシスは動かなかった。女も動かなかった。

 危ないようには見えない。害意があるならば、こんな悠長な会話に付き合うこともない。ややあって、カシスは剣をしまった。女はほっとしたようだった。

「ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない」

 腕組をして、カシスは女を眺めた。外套のおかげで、声と身の丈くらいしかわからなかった。

「もう一度訊くが、こんなところで何をしてるんだ?」
「お互い様よね? そう思わない?」

 それは、聞かないで欲しいという意味なのだろうか。

 だが、カシスはとぼけた振りをした。

「俺達は、探し物をしてるんだ。この森にまつわる伝説のアレさ。あんたは?」
「お互い様よね、まったく」

 カシスは眉をひそめた。どうにもはっきりしない物言いだ。つまり、似たような目的なのだろうとカシスは思っておくことにした。

「どうしたの、カシス?」

 ようやくクノンが近づいてきた。杖を片手に下げ、小走りに近づいてくる。

「どうもしねぇよ」

 肩越しにカシスは返事をした。

 クノンは、女の姿を認めて、カシスを見た。

「ええと、こちらのひとは?」

 言われてはたとカシスは気付いた。

「そういや、聞いてなかったな。俺はカシス。こっちはクノン。あんたは?」

 女は少しそっぽを向いた。やがて、ぼそりと呟いた。

「……フィア」
「フィアさん。いつからここにいるんですか?」

 クノンが丁寧に訊いた。女は小首を傾げた。

「ここって……」
「あのエキドナ。見ましたか?」
「いえ。いま来たところよ。何があったかは知らないわ」
「そうですか」

 クノンはため息をついた。ふと、思いついたようにフィアに訊ねた。

「失礼ながら、お一人ですか? 女性ひとりなんて、この森は危険ですよ」
「ええ。でも――あの、ごめんなさい、丁寧な言葉は慣れてないの。普通に話してもらえる?」

 カシスは彼女の言葉に同感だった。そう年が離れているわけでもないのに、会ったとき、クノンの言葉が妙に丁寧で話しづらかったのを覚えている。

 当のクノンはきょとんとしていた。が、すぐ納得すると口調を変えた。

「ええと、一人でこの森に来たの?」
「そうよ」
「危ないんじゃないかな。一人なんて……」
「馴れているから、平気」
「一緒に行かない?」
「……え?」

 今度はフィアの方がきょとんとした。カシスはぎょっとしていた。

「森の奥まで行くんでしょ? なら、一緒の方がいいよ。この森は、なにかと物騒なんだし」

 クノンはカシスをみた。

「ね、カシスだってそう思うよね?」
「……あー」

 話を振られてカシスは困った。別にどっちでもいいといえばどっちでもいい。しかし、彼女が目的も何も語らないことに、違和感を覚えていた。さらに言えば、彼女が顔を隠したままであることも、『通りすがった』という言い回しも。

「遠慮するわ。一人で平気だから」

 カシスが口ごもっている間に、フィアがそう言った。

 クノンは不満そうだった。

「本当に?」
「いつものことだから。親切にどうも」
「……本当に?」

 しつこく訊ねるクノンに、フィアは微笑を浮かべた。フードが邪魔で、はっきりとは見えなかったが、彼女は確かに微笑んだ。

 フィアがゆっくりと首を振ると、クノンはようやく諦めたようだった。

「そうか。じゃあ、気をつけて」
「あなたもね」

 フィアは、それだけ言うと、さっと森の中に消えていった。呼び止める間もなかった。

 手持ち無沙汰に、カシスは剣柄をいじった。

「……なんだったんだ? あの女」
「一緒に行けたらよかったのに」

 クノンは残念そうだった。カシスはその様子を横目で見ながらふと訊ねた。

「何でそんなにこだわるんだ?」
「なんでって――その方がいいじゃないか。あの人に何かあったら、心配だよ」
「あ、そう」

 今あったばかりの人間を心配できるのか。それとも後味が悪い、という意味だろうか。

 そのとき、クノンが何か思い出したように顔をあげた。

「そうだカシス。さっき見つけたんだけどさ――」

 クノンが目を輝かせて何を言おうとしたのか、カシスには聞き取れなかった。

 鼓膜を貫くような鋭い叫び声が、大気を切り裂いた。

   ***

 
 フィアは走り出していた。完全に、彼らに見えないところに辿り着くと、木に寄りかかって、ようやく一息ついた。フィアは静かに目を閉じた。安堵していた。

 エキドナを倒したのが、自分だと気付かれなくて良かった。“力”に気付かれるのは面倒だ。特に魔導師には。

『一緒に行かない?』

 久しぶりに、自分が笑ったような気がした。そう言われたのは、そんな風に気遣ってもらえたのは、ここ最近なかったことだ――あの子がいなくなってからは、特に。

 結局は自分で断ってしまったわけだが。

 当然だ。彼女は嘘をついていたのだから。

(それに)

 胸中彼女は呟いた。暑苦しいフードを外す。

 この姿を見て、いい顔をしてもらったことはほとんどない。

(こんな人間って知れたら、受け入れてもらえるわけがないでしょう?)

 ため息をついて、髪をかきあげる。

(これでいいのよ)

 自分に言い聞かせるつもりで、これでいいのだともう一度呟く。

 気付いたら、うなだれてうずくまっていた。

 そのまま、なにもせずじっとしていると、なにか鳴き声が聴こえた。

「……?」

 赤ん坊の泣き声のようにも聴こえる。辺りを見回すが、当然何もない。

 ふと、頭上を見上げる。

 生い茂った木々の葉の向こうで、何かが飛んでいくのが見えた。鳥だ。あれは鳥の鳴き声だったのか。

 一羽、二羽と、だんだん数を増やし、一方向に向かって飛んでいく。ちょうど、さきほどまで彼らといた方角だ。

 エキドナの死体がある方角――

 はっとして、立ち上がる。

 胸騒ぎがした。


------------
つづく。

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