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10/29投稿分のつづきです
CHILDREN OF GROUND
第1章: 沈黙の森
2:少女
彼女は心の片隅でそんなことを考えていた。
背の高い木々が空を覆い、辺りは薄闇に包まれている。木々の合間から覗く異形の者の顔を、至極冷静に見つめ返す。その名を、彼女は知っていた。エキドナ。“魔物の母”の異名を取る、魔物の中の魔物。巨大な蛇の下半身に、人間の女に似た上半身を持つ。人間といっても、その真っ赤な目も、耳まで裂けた口も、振り乱したどろどろの長い髪も、どれも人間離れしたものだ。
出会えば必ず死ぬ、といわれる恐ろしい魔物である。だが彼女はそんな噂は信じていなかった。本当に『必ず死ぬ』のであれば、そんな噂が立つはずないのだ。伝えた人間がいるということは、生き残った人間もいるということだ。つまり、エキドナを前にしても、生き残ることはできる。
(生き残るのに相応の力があれば)
彼女は深緑色の外套を跳ね上げ、空の手を一振りした。次の瞬間、一振りの剣が彼女の手中にあった。
エキドナは、歪んだ笑顔を浮かべている。木に身を絡め、気味の悪い格好でこちらをうかがっている。
その顔に笑い返しながら、皮肉な心地でつぶやく。
「わたしとあなた。どこが違うのかしら」
彼の地の伝説に、エキドナは神に呪われて蛇に身を堕とした人間だという言い伝えがある。
呪い――
その言葉を噛みしめ、彼女は地を蹴った。
***
「しかしまぁ、気味が悪いところだな」
昼だというのに、夕暮れのような暗さである。しかも肌寒い。カシスは思わず身震いをした。追いかけている引きずった跡は、歩き始めて一刻が過ぎようというのに相変わらず続いている。
「そういえば、なんでカシスはこの森に来たの?」
後ろのほうから――今は、カシスがコンパスを持って先行していた――クノンが声を掛けてきた。
カシスは肩越しに振り返った。
「言ってなかったか?」
視線を前に戻して、カシスは口を開いた。別に、隠すような話でもない。
「ケチな情報屋と取引したんだ。《沈黙の石》を取ってきたら情報をタダでくれてやるって、向こうが持ちかけてきた」
クノンが驚いたような声をあげた。当然である。伝説の代物をとってくるという無理難題を取引に持ちかけられて、乗る人間はまずいない。情報屋も冗談で言ったのだろう、と今なら想像がつく。
カシスはこめかみを押さえて言い返した。
「売り言葉に買い言葉で…その時は《沈黙の石》がどういうものか、なんて知らなかったんだよ。あの野郎、魚屋から魚買ってくるかのような物言いしやがって」
「それで、こんなところまで?」
嫌なことを思い出して、話を逸らそうとクノンに訊き返すと、意外にも、クノンは口ごもった。
「? 何だよ?」
カシスは足を止めてクノンを振りかえった。少年は、少し上を向いていた。何か考えている顔だった。
カシスが黙っていると、クノンは肩をすくめ、苦笑いをしながら答えた。
「なんていうか……いいお土産になるかなって」
カシスは素っ頓狂な声をあげた。クノンはもごもごと続けた。
「伝説の宝石なんて、ちょっと迫がついて面白いかなぁって」
クノンが引きつった笑いを浮かべるのをみて、カシスはぴんと来た。
「女か?」
クノンは困ったようにこめかみを掻いた。カシスは口の端を歪めた。
「ほう、話が色っぽいな。なぁ?」
カシスを追い抜いて早歩きで進むクノンの背を、カシスはニヤニヤ笑いながら眺めた。
その時。
――ドンッ!
鈍い音が、森に響き渡った。微かに地面が揺れるのを、カシスは足の裏で感じ取った。クノンがたたらを踏んだ。
「何だ!?」
カシスは思わず叫んだ。クノンが、森の奥を指し示す。
「あっちで何か光った!」
2人は顔を見合わせると、同時に駆け出した。
-----------------
つづく。
第1章: 沈黙の森
2:少女
どうしてわたしは諦めないんだろう。
彼女は心の片隅でそんなことを考えていた。
背の高い木々が空を覆い、辺りは薄闇に包まれている。木々の合間から覗く異形の者の顔を、至極冷静に見つめ返す。その名を、彼女は知っていた。エキドナ。“魔物の母”の異名を取る、魔物の中の魔物。巨大な蛇の下半身に、人間の女に似た上半身を持つ。人間といっても、その真っ赤な目も、耳まで裂けた口も、振り乱したどろどろの長い髪も、どれも人間離れしたものだ。
出会えば必ず死ぬ、といわれる恐ろしい魔物である。だが彼女はそんな噂は信じていなかった。本当に『必ず死ぬ』のであれば、そんな噂が立つはずないのだ。伝えた人間がいるということは、生き残った人間もいるということだ。つまり、エキドナを前にしても、生き残ることはできる。
(生き残るのに相応の力があれば)
彼女は深緑色の外套を跳ね上げ、空の手を一振りした。次の瞬間、一振りの剣が彼女の手中にあった。
エキドナは、歪んだ笑顔を浮かべている。木に身を絡め、気味の悪い格好でこちらをうかがっている。
その顔に笑い返しながら、皮肉な心地でつぶやく。
「わたしとあなた。どこが違うのかしら」
彼の地の伝説に、エキドナは神に呪われて蛇に身を堕とした人間だという言い伝えがある。
呪い――
その言葉を噛みしめ、彼女は地を蹴った。
***
「しかしまぁ、気味が悪いところだな」
昼だというのに、夕暮れのような暗さである。しかも肌寒い。カシスは思わず身震いをした。追いかけている引きずった跡は、歩き始めて一刻が過ぎようというのに相変わらず続いている。
「そういえば、なんでカシスはこの森に来たの?」
後ろのほうから――今は、カシスがコンパスを持って先行していた――クノンが声を掛けてきた。
カシスは肩越しに振り返った。
「言ってなかったか?」
「いいや。聞いてないよ」
視線を前に戻して、カシスは口を開いた。別に、隠すような話でもない。
「ケチな情報屋と取引したんだ。《沈黙の石》を取ってきたら情報をタダでくれてやるって、向こうが持ちかけてきた」
「よくそんな取引に乗ったね?」
クノンが驚いたような声をあげた。当然である。伝説の代物をとってくるという無理難題を取引に持ちかけられて、乗る人間はまずいない。情報屋も冗談で言ったのだろう、と今なら想像がつく。
カシスはこめかみを押さえて言い返した。
「売り言葉に買い言葉で…その時は《沈黙の石》がどういうものか、なんて知らなかったんだよ。あの野郎、魚屋から魚買ってくるかのような物言いしやがって」
「それで、こんなところまで?」
「ああそうだよ。そういうお前は何でこんなところまで?」
嫌なことを思い出して、話を逸らそうとクノンに訊き返すと、意外にも、クノンは口ごもった。
「? 何だよ?」
カシスは足を止めてクノンを振りかえった。少年は、少し上を向いていた。何か考えている顔だった。
カシスが黙っていると、クノンは肩をすくめ、苦笑いをしながら答えた。
「なんていうか……いいお土産になるかなって」
「土産ぇ?」
カシスは素っ頓狂な声をあげた。クノンはもごもごと続けた。
「伝説の宝石なんて、ちょっと迫がついて面白いかなぁって」
「いや、誰にやるつもりだ、そんなの」
「それは……ちょっと」
クノンが引きつった笑いを浮かべるのをみて、カシスはぴんと来た。
「女か?」
「そう言われると、なんだか……」
クノンは困ったようにこめかみを掻いた。カシスは口の端を歪めた。
「ほう、話が色っぽいな。なぁ?」
「えーと」
「どんな娘だ?」
「は、早く進もうか。早く」
カシスを追い抜いて早歩きで進むクノンの背を、カシスはニヤニヤ笑いながら眺めた。
その時。
――ドンッ!
鈍い音が、森に響き渡った。微かに地面が揺れるのを、カシスは足の裏で感じ取った。クノンがたたらを踏んだ。
「何だ!?」
カシスは思わず叫んだ。クノンが、森の奥を指し示す。
「あっちで何か光った!」
2人は顔を見合わせると、同時に駆け出した。
-----------------
つづく。
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