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アルコールの殺傷能力を思い知った。
胃液で喉が溶けるかと思った。

02/08投稿分のつづき


CHILDREN OF GROUND
第3章 山上の宴唄

4:よっつ よばれて よあきんど





 部屋に入れば、広いベッドの上に、男がひとり寝そべっていた。

 空気に残る皮脂の匂い、香水の香り、熱の余韻が、たった今まで複数の人間がこの部屋にいたことを物語っていた――が、いちいち詮索するのは野暮だ。

 寝そべる半裸の男が、不機嫌そうに煙草をふかしている。とはいえこの男の機嫌のよさそうな顔などみたこともない。常々不機嫌そうな仏頂面なのかもしれない。

「禁煙じゃなかったか? この部屋」
「《森》に行って来たそうだな?」

 カシスの指摘を全く無視して、男は切り返してきた。

 一際強く吸うと、サイドテーブルの小皿(灰皿には見えない)に煙草を押し付ける。

 カシスは軽く肩をすくめた。情報屋の機嫌を損ねることもない。

「……そうだ」
「見せてくれ、上客の顔をたっぷり眺めたい」
「モノが先だろう?」
「餓鬼が。ここは先払いの店だろうが」

 ぎろり、と鋭い視線が跳んできた。闇の中でも爛々と輝く目は、猛禽類を思わせる。

 アギル。それが本名なのかどうかは知らないが、ここら一帯の情報を一手に集める敏腕の情報屋であることは間違いない。

 逆らっても利得はない。懐から包みを取り出す。アギルに起きるつもりはないらしいので、カシスは包みを放ってやった。無作法にさほど気に留める様子も無く、アギルも片手で受け取ると、すぐに開いた。妖しい赤い光が、薄暗い部屋に光をこぼす。

「これだけか?」
「なに?」

 しげしげと《沈黙の石》を眺めていたアギルだが、包みに戻すと、ベッドの上に適当に放った。

 《石》を捨てた手で顔の無精髭をなでつけながら、アギルが続けた。

「《沈黙の森》の最奥…… お前が見たのはこれだけだったのか?」

 アギルは笑っていない。にごったブラウンの瞳がこちらを見透かすように底光りしている。

 カシスは思わず息を飲んだ。

「まさか…… 知っていたのか? あの森がなんなのか」

 アギルは新しい煙草を取ると、片手でマッチを吸って火をつけた。

 深みのある薫りの後、焦げ臭い煙の苦味が鼻腔に届く。

「昔の話だ。俺が、今のお前よりも餓鬼だったころだ」

 敷き詰められた枕の上に、男がゆったりともたれかかった。

「クソみたいな男がいてな。そいつが俺に言った。『森の最奥を見てきた』と」

 くつろいだ姿勢のまま、煙草を口から離すと、右手に持ったその先をカシスに突きつけた。

「何が居た? 悪いがこんな石ころには興味がない。隠し立てするなら、取引はなしだ」

 アギルの口の端が歪んだ。笑ったのではない。ただ引きつっただけだろう。

 思い浮かんだのは、少女の姿だった。緑色の髪をもつ、龍の娘。あの森で見つけたものひとつではあるが、厳密に言えば違うし、おそらくアギルの望む答えではない。それなにの、何故かカシスは彼女の名を答えそうになった。

「……黒い、龍だ。《沈黙の石》は、龍の琥珀だった」

 部屋に沈黙が訪れた。小さめの窓からこぼれる月光は明るい。遠くに、梟らしい鳴き声も聞こえる。煙草の火がじりじりとくすぶる音さえ聴こえそうだ。それほど、部屋の音が静まり返っていた。

「そうか」

 唐突に、アギルが頷いた。がばっ、と身を起こすと、じっと虚空もみつめて、何か考え込んでいるようだった。

「龍か。そうか…」

 うわごとのように繰り返す。

 そうか、ともう一度頷くと、サイドテーブルの引き出しから、書類を引っ張り出した。

「受け取れ。悪いが、足取りまでは捕まえきれなかった。片田舎の芋剣士の情報なんか、せいぜいその程度だ」
「アギル……」
「これじゃあ、アギルの名前も形無しだ。」

 文書自体は緻密に書かれていた。

「……相変わらず、気にくわねぇクソ野朗だ」

 カシスがざっと書類に目を通している間、アギルはぶつぶつと呟いていた。

「むかつく奴だったが、嘘はついてなかったんだな」

 その言葉にひっかかりを覚えて、カシスは顔をあげた。

「なあ、その男って……」
「お前の親父には、昔、世話になってな」

 虚空に向かって吐き出された煙が、ゆらりと漂って溶けていく。

 カシスは呆然と情報屋の言葉に聴き入っていた。

「どおりで、気にくわねぇツラ構えだと思った。よく似てやがる」 

 忌々しそうだった。『世話になった』という言葉がどういう意味か判断しかねたが、おそらく良い意味で世話になったのだろう。それならば合点がいく。なぜ名高い情報屋が、金もない若いだけの自分の取引に応じたのか。

「だが、これっきりだ。二度と此処には来るな。ただの餓鬼が来ていいところじゃない」
「……わかってる。ありがとう」

 カシスは書類をザックのなかにねじ込んだ。

 そのとき、奇妙な音が耳についた。鳥が鳴いているのかと思ったが、違う。アギルが俯いて、笑いをこらえていた。

「おいおい、本当にわかってんのか?」

 アギルが体を起こした。床に足をつけ、ダブルサイズのベッドに腰掛ける形になる。

「面白い子を連れてきたなあ、カシス。俺ははじめ、情報代のかわりに女の子がもらえるのかと思ったよ」

 そして、サイドテーブルの小皿に煙草を押し付けた。煙草のなくなった口元には、ぞっとするほど歪んだ笑みが張り付いている。

「……どういう意味だ?」
「何、小耳に挟んだ程度の話なんだが」

 アギルが、手のひらを返した。明日の天気の話でするかのような気軽い素振りだが、口調は冷たい。

 もったいぶってアギルは告げた。

「こういう商売をしていると、物好きな友人が多くてな。聖法使いってのは、高く売れる。最近、それらしい旅の娘がここら辺でみつかったと話したら、非常に喜んでいた」

 ゆっくりと。遅効性の毒のように、情報屋の言葉が身に染みこむ。

 冷たい感触が背筋を走った。

「礼を言って損したな?」

 カシスは背を向けて部屋を出た。議論は無駄だ。アギルは口を割らない。

「甘いんだよ、考えが」

 その呟きがこぼれる頃には、カシスは廊下を駆け出していた。





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しまった、またベッドか。
すっかり出番のない魔道師の少年につっづけー

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