CHILDREN OF GROUND
第３章　山上の宴唄
２：ふたつ　ふらちな　ふうらいぼう

：

「あら、やっぱり。カシスじゃない」
 

　張り詰めた空気にそぐわない声が割り込んだ。明るくて、それでいてしっとりと品の良い声。なかなか聴き忘れるものではない。

　振り返ると、門のところに見覚えのある女性が立っていた。薄手のナイトドレスで細いからだを包み、絹のショールを纏っていた。
 

「エト。元気そうで何より」

「上からみていたのよ。早く入ればいいのに……　お友達？」
 

　微笑を浮かべて、エトが３人を見渡した。

　
　さっきまでのやりとりを思い出して、気まずさのあまり、誰も何も言わなかった。フィアにいたっては、いつのまにかしっかりとフードを被っていた。

「連れだ。《沈黙の森》で会った」

「《沈黙の森》ですって？」

　次の瞬間、女が大笑いした。見かけに似合わないが、すがすがしい笑い方だ。

　そういうところに魅かれる男は多い、というのをカシスは知っていたし、カシスとて娼館に通い詰めるほどではないにしろ、好感を抱いていた。

「ばっかねぇ。本当に行ったの？」

「証拠はあるぜ」

　そのとき、カシスの腕を、誰かが引いた。

　驚いて振り返ると、すっかり蚊帳の外だったクノンだ。目配せで、何かを伝えようとしている。

（うわあ……）

　何が求められているかわかった。クノンの視線を辿ると、フィアがつまらない顔で明後日の方向を向いている。いや、フードで顔は見えない。だが、背中からぴりぴりした空気が放たれている。

　よくよく彼女の足元を見れば、先ほどカシスが蹴転がした石を、地面に埋めてやるといわんばかりにぐりぐりと踏みつけている。なんだかその石が自分のように思えてきて、カシスは背筋が寒くなった。
 

（いや、でも……　俺にどうしろと？）

　おなじく目配せで返す。カシスもそこまで器用ではない。そもそも、フィアが不機嫌なわけが分からなかった。いくらでも想像できて的確な解答が判別できない。
 

　クノンがわかりやすく肩を落とした。首を振る。僕にだってわからないよ、そんなの――と言っているようにカシスには見えた。

「今日は、アギルに会いに来たのかしら？」

　エトが、こちらの不審な様子を伺いながら、口火を切った。

「あ、ああ。そういうことだ。いるんだろ？」

　できるだけフィアのほうは見ないように、エトとの会話にすがりつく。

「ええ。でも……　お楽しみ中よ？」

　ふふ、とエトが艶っぽく笑う。品のない言葉とは裏腹に、口元が綺麗な弓なりを描くのが美しい。

　
　営業スマイルだとわかっていても、悪い気はしない。カシスもつい軽口を返す。

「上客だ、っつってくれ」

「まあ。そんなご立派な身分だったかしら、根無し草くん？」

「俺じゃない」

　腰の道具入れから、包みを取り出す。中身は、《沈黙の石》だ。少しはだけさせると、濃い赤い光がこぼれる。

　あら、とエトが目を見張る。

「それを、アギルに？」

「約束の品だ」

「私に会うよりも、アギルに会うほうが大変そうね？」

「エﾄに会うほうが大変さ。あがってしまって、上手くしゃべれなくなる」

「嘘ばっかり」

　楽しそうに、ころころと笑う。この笑顔のために、なんでもしたくなる連中の気持ちもわからんでもない。

「ね、次は、私に会いにきてくれる？」

「根無し草に嬉しい言葉をかけてくれてありがとう、とだけ言っておくよ」

　たしかに彼女の微笑みは魅力的だが、それが本心かどうか。まあだいたいこういう場所にくる輩は、そんな遊び方を楽しみにきているのだろうが。

「ほんと、喰えない子。そういうところ、好きよ」

　さらりと言ってのけると、アギルを呼びに行く、といって彼女は館の中に戻った。

　エトの、細く美しい後ろ姿を見送ったあと、カシスはやっと背後の異変に気づいた。

「あれ？　フィアは？」

「なんか、中に入っていったけど…」

と、酒場の入り口のほうを示す。うんざりしてカシスは呻いた。

「……何がしてぇの、あの女」

　さっきまで、山を降りるとか言っていたくせに。

「カシスが悪い、とだけ言っておくよ」

　クノンは肩をすくめると、同じように門をくぐっていった。


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貴重な美女キャラ登場。思わずカシスもデレデレ。
つづく。