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まちまち更新。
疲れた。もう疲れた。
03/18投稿分のつづき
CHILDREN OF GROUND
第3章 山上の宴唄
5:いつつ いきあうふたりのこいは
:
カシスは、もう一棟のほうに向かうことにした。長い連絡通路を走り出す。通路に絨毯はなく、カシスの足音がよく響いた。
その先に、誰かが立っている。薄紫のショール。驚いて、思わず足を止める。
「エト……」
彼女は俯き加減で佇んでいた。ずっとここにいたのか。彼女はカシスが来ると、わかっていたのだろうか。
「アギルに会った?」
エトの切れ長の目がカシスをみた。憂いを帯びた双眸が艶かしく輝く。
「会ったよ。用は済んだ。フィアを…… 連れを探しているとこだ」
一語一語を区切って、はっきりと彼女の声が響く。
「なんで」
走り続けて息が上がっていたことと、口が渇いていたことで、舌を噛みそうになった。
正面から彼女に向き合って、訊きなおす。
「エト、なんで知ってるんだ?」
彼女との距離はそう遠くない。2、3メートルぐらいか。それでも薄暗い廊下では、彼女の表情の仔細までは読み取れなかった。
「アギルにフィアのことを教えたのは、お前か? エト」
やっとエトが言葉を返した。
「私は、あなたが仲間を連れてきた、としか言ってないわ。あの子が聖法使いだと見抜いたのはアギルよ」
沈黙が答えだった。
その点を議論するつもりはない。真意がなんであれ、彼女はこの館に縛られている身だ。命令されれば逆らえないのは道理だ。
カシスはため息をつくと、改めて問い直した。
「あいつは何処だ?」
エトは、急に駆け出すとカシスの胸に飛び込んできた。
「……エト?」
香水だろうか、柑橘系のいい匂いがした。彼女の柔らかなぬくもりが伝わって胸元に広がる。
彼女の体は震えていた。カシスに触れた手が、強く握り締められている。
エトは顔をあげると、赤らんだ目をカシスに向けた。
「お願い! あいつらに逆らわないで! あなたが殺されるわ」
見たことのない表情だった。酒場で客の相手をするとき、いつも微笑みを絶やさないでいるあのエトが、こんな必死な顔を向けてくるとは思わなかった。戸惑いながらも、カシスは言葉を紡いだ。
「何を言い出すかと思えば――」
「本当よ、私が何年ここにいると思うの!?」
ささやくような声音だが、鋭かった。彼女の目から涙がこぼれる。涙を隠すように、エトはカシスの胸に顔を埋めた。
沈黙の末に、彼女が言った。
「好きなの、カシス。貴方が。だから…… お願い、行かないで」
胸が疼いた。
もう少しで彼女の細い肩を抱こうとした手を、カシスはゆっくりと下げた。
(ダメだな、俺も……)
受け容れることも、跳ね除けることもできない。
どうすればいいのか、どうしたいのか、胸の疼きが思考を止めてしまう。
自分が見えているようで、本当は何も見えていない。
何も答えずただ彼女の目をみつめ返すカシスに、エトは失望したようだった。
「信じられないんでしょうね、こんな私の言葉なんて……」
エトが信じられないんじゃなくて、自分が信じられないんだ―― 正直な気持ちだが、そう言って、彼女に伝わるだろうか。それほどカシスも話し上手じゃない。どうしようもなく、あえて彼女の気持ちには触れず、話を元に戻す。
「あの馬鹿はどこだ?」
目元はまだ涙で赤く潤んでいたが、ほんの少しだけ、悪戯っぽく彼女は微笑んだ。
こんな問答を続けている場合ではない―― だが、闇雲に探したところで、見つかるとも限らない。諦めてカシスは答えた。
「いいか、エト。あいつは、人外魔境の天変地異なんだ」
アギルもエトも、フィアを『聖法使い』だと言った。だが、厳密にフィアは聖法使いではなく、龍の眷属だ。カシスも聖法使いがどういうものなのか詳しく知らないが、おそらくよりフィア持っている力は、聖法より強大で破壊的なものだろう。となると、フィアを捕まえた連中は彼女の力を見誤っている可能性が高く、危険だ。
「それ、どういう意味なの?」
「うそよ」
沈黙鳥に首を折られそうになった生々しい記憶が甦って、カシスは気分が悪くなった。首を揉んで、気を取り直して、続ける。
「正直あいつがどうなろうと知ったこっちゃない。どうせ誰にもどうにもできないからな。でも、捨てていったとなればどんな恨みを買うか…… それに比べれば、ヤクザに逆らうほうがまだマシだ」
笑って、肩をすくめてみせる。
「生き延びるには、あいつの機嫌を取りにいくしかない。そんなところだよ ……教えてくれるか?」
すっと、エトが体を離した。そこには、いつもの微笑みを浮かべた彼女がいた。
「嘘つきなのね、カシス」
髪の乱れを整えながら、彼女は続けた。
「でも、やっぱり好きよ」
残り香だけが、いまだカシスに纏わりついていた。
くるりと、彼女はカシスに背を向けた。肩越しにこちらを見やると、館の奥を指さした。
「こっちよ」
小走りに走りだすエトの背を、カシスは追いかけた。
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グレープフルーツの薫りの香水っていやらしくなくていいよね。
大人な姐さん、好きです。
つづく。
第3章 山上の宴唄
5:いつつ いきあうふたりのこいは
:
アギルがいた部屋は、館でも上層で、とにかくカシスは下層を目指して走っていた。廊下に敷かれた深い絨毯は音を吸収して響くこともない。フィアとクノンがどこにいるのか、全くわからない。だが、もし、ひとを攫うなら、いつまでもこの館に置いておくとは思えない。さっさと連れ出すか、運び出しやすい位置に隠すか。とにかく地上に近いところのはずだ。
この館は、2棟に分かれている。ひとつは、今カシスがいるところで、酒場や宿がある。もうひとつは、足を踏み入れたはないが、おそらく娼婦達や金持ち達が使っているのではないか。
カシスは、もう一棟のほうに向かうことにした。長い連絡通路を走り出す。通路に絨毯はなく、カシスの足音がよく響いた。
その先に、誰かが立っている。薄紫のショール。驚いて、思わず足を止める。
「エト……」
彼女は俯き加減で佇んでいた。ずっとここにいたのか。彼女はカシスが来ると、わかっていたのだろうか。
「アギルに会った?」
エトの切れ長の目がカシスをみた。憂いを帯びた双眸が艶かしく輝く。
「会ったよ。用は済んだ。フィアを…… 連れを探しているとこだ」
「もう、いないわよ、フィアは」
一語一語を区切って、はっきりと彼女の声が響く。
「なんで」
走り続けて息が上がっていたことと、口が渇いていたことで、舌を噛みそうになった。
正面から彼女に向き合って、訊きなおす。
「エト、なんで知ってるんだ?」
「……」
彼女との距離はそう遠くない。2、3メートルぐらいか。それでも薄暗い廊下では、彼女の表情の仔細までは読み取れなかった。
「アギルにフィアのことを教えたのは、お前か? エト」
「いいえ」
やっとエトが言葉を返した。
「私は、あなたが仲間を連れてきた、としか言ってないわ。あの子が聖法使いだと見抜いたのはアギルよ」
「で、フィアを捕まえる手引きをした、と?」
沈黙が答えだった。
その点を議論するつもりはない。真意がなんであれ、彼女はこの館に縛られている身だ。命令されれば逆らえないのは道理だ。
カシスはため息をつくと、改めて問い直した。
「あいつは何処だ?」
ふわりと、彼女のショールがはためいた。
エトは、急に駆け出すとカシスの胸に飛び込んできた。
「……エト?」
香水だろうか、柑橘系のいい匂いがした。彼女の柔らかなぬくもりが伝わって胸元に広がる。
彼女の体は震えていた。カシスに触れた手が、強く握り締められている。
エトは顔をあげると、赤らんだ目をカシスに向けた。
「お願い! あいつらに逆らわないで! あなたが殺されるわ」
見たことのない表情だった。酒場で客の相手をするとき、いつも微笑みを絶やさないでいるあのエトが、こんな必死な顔を向けてくるとは思わなかった。戸惑いながらも、カシスは言葉を紡いだ。
「何を言い出すかと思えば――」
「本当よ、私が何年ここにいると思うの!?」
ささやくような声音だが、鋭かった。彼女の目から涙がこぼれる。涙を隠すように、エトはカシスの胸に顔を埋めた。
沈黙の末に、彼女が言った。
「好きなの、カシス。貴方が。だから…… お願い、行かないで」
胸が疼いた。
もう少しで彼女の細い肩を抱こうとした手を、カシスはゆっくりと下げた。
(ダメだな、俺も……)
受け容れることも、跳ね除けることもできない。
どうすればいいのか、どうしたいのか、胸の疼きが思考を止めてしまう。
自分が見えているようで、本当は何も見えていない。
何も答えずただ彼女の目をみつめ返すカシスに、エトは失望したようだった。
「信じられないんでしょうね、こんな私の言葉なんて……」
「そんなことはないさ……」
エトが信じられないんじゃなくて、自分が信じられないんだ―― 正直な気持ちだが、そう言って、彼女に伝わるだろうか。それほどカシスも話し上手じゃない。どうしようもなく、あえて彼女の気持ちには触れず、話を元に戻す。
「あの馬鹿はどこだ?」
「……あなたにとって、大事な子なの? フィアは」
「どこにいるんだ?」
「答えてくれたら、教えてあげる」
目元はまだ涙で赤く潤んでいたが、ほんの少しだけ、悪戯っぽく彼女は微笑んだ。
こんな問答を続けている場合ではない―― だが、闇雲に探したところで、見つかるとも限らない。諦めてカシスは答えた。
「いいか、エト。あいつは、人外魔境の天変地異なんだ」
「え?」
「あの馬鹿女を怒らせてみろ。館どころか、山ひとつ吹き飛ばしたって不思議じゃない」
アギルもエトも、フィアを『聖法使い』だと言った。だが、厳密にフィアは聖法使いではなく、龍の眷属だ。カシスも聖法使いがどういうものなのか詳しく知らないが、おそらくよりフィア持っている力は、聖法より強大で破壊的なものだろう。となると、フィアを捕まえた連中は彼女の力を見誤っている可能性が高く、危険だ。
「それ、どういう意味なの?」
「文字通りさ。あいつ、ひとりでエキドナを仕留められるんだぞ」
「エキドナって…… 魔物の母を? あんなかわいい子が?」
「そうそう。かわいいかどうかは知らんけど」
エトが、2、3回瞬きをした。よほど驚いたらしい。
「うそよ」
「だから、嘘ついてどうすんだよ。あいつの魔法がなかったら、今頃俺は《森》で骨になってる」
沈黙鳥に首を折られそうになった生々しい記憶が甦って、カシスは気分が悪くなった。首を揉んで、気を取り直して、続ける。
「正直あいつがどうなろうと知ったこっちゃない。どうせ誰にもどうにもできないからな。でも、捨てていったとなればどんな恨みを買うか…… それに比べれば、ヤクザに逆らうほうがまだマシだ」
笑って、肩をすくめてみせる。
「生き延びるには、あいつの機嫌を取りにいくしかない。そんなところだよ ……教えてくれるか?」
すっと、エトが体を離した。そこには、いつもの微笑みを浮かべた彼女がいた。
「嘘つきなのね、カシス」
髪の乱れを整えながら、彼女は続けた。
「でも、やっぱり好きよ」
残り香だけが、いまだカシスに纏わりついていた。
くるりと、彼女はカシスに背を向けた。肩越しにこちらを見やると、館の奥を指さした。
「こっちよ」
小走りに走りだすエトの背を、カシスは追いかけた。
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グレープフルーツの薫りの香水っていやらしくなくていいよね。
大人な姐さん、好きです。
つづく。
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