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まちまち更新。

疲れた。もう疲れた。
 
03/18投稿分のつづき


CHILDREN OF GROUND
第3章 山上の宴唄
5:いつつ いきあうふたりのこいは





 アギルがいた部屋は、館でも上層で、とにかくカシスは下層を目指して走っていた。廊下に敷かれた深い絨毯は音を吸収して響くこともない。フィアとクノンがどこにいるのか、全くわからない。だが、もし、ひとを攫うなら、いつまでもこの館に置いておくとは思えない。さっさと連れ出すか、運び出しやすい位置に隠すか。とにかく地上に近いところのはずだ。
 
 この館は、2棟に分かれている。ひとつは、今カシスがいるところで、酒場や宿がある。もうひとつは、足を踏み入れたはないが、おそらく娼婦達や金持ち達が使っているのではないか。

 カシスは、もう一棟のほうに向かうことにした。長い連絡通路を走り出す。通路に絨毯はなく、カシスの足音がよく響いた。

 その先に、誰かが立っている。薄紫のショール。驚いて、思わず足を止める。

「エト……」

 彼女は俯き加減で佇んでいた。ずっとここにいたのか。彼女はカシスが来ると、わかっていたのだろうか。

「アギルに会った?」

 エトの切れ長の目がカシスをみた。憂いを帯びた双眸が艶かしく輝く。

「会ったよ。用は済んだ。フィアを…… 連れを探しているとこだ」
「もう、いないわよ、フィアは」

 一語一語を区切って、はっきりと彼女の声が響く。

「なんで」

 走り続けて息が上がっていたことと、口が渇いていたことで、舌を噛みそうになった。

 正面から彼女に向き合って、訊きなおす。

「エト、なんで知ってるんだ?」
「……」

 彼女との距離はそう遠くない。2、3メートルぐらいか。それでも薄暗い廊下では、彼女の表情の仔細までは読み取れなかった。

「アギルにフィアのことを教えたのは、お前か? エト」
「いいえ」

 やっとエトが言葉を返した。

「私は、あなたが仲間を連れてきた、としか言ってないわ。あの子が聖法使いだと見抜いたのはアギルよ」
「で、フィアを捕まえる手引きをした、と?」

 沈黙が答えだった。

 その点を議論するつもりはない。真意がなんであれ、彼女はこの館に縛られている身だ。命令されれば逆らえないのは道理だ。

 カシスはため息をつくと、改めて問い直した。

「あいつは何処だ?」
 
 ふわりと、彼女のショールがはためいた。

 エトは、急に駆け出すとカシスの胸に飛び込んできた。

「……エト?」

 香水だろうか、柑橘系のいい匂いがした。彼女の柔らかなぬくもりが伝わって胸元に広がる。

 彼女の体は震えていた。カシスに触れた手が、強く握り締められている。

 エトは顔をあげると、赤らんだ目をカシスに向けた。

「お願い! あいつらに逆らわないで! あなたが殺されるわ」

 見たことのない表情だった。酒場で客の相手をするとき、いつも微笑みを絶やさないでいるあのエトが、こんな必死な顔を向けてくるとは思わなかった。戸惑いながらも、カシスは言葉を紡いだ。

「何を言い出すかと思えば――」

「本当よ、私が何年ここにいると思うの!?」

 ささやくような声音だが、鋭かった。彼女の目から涙がこぼれる。涙を隠すように、エトはカシスの胸に顔を埋めた。

 沈黙の末に、彼女が言った。

「好きなの、カシス。貴方が。だから…… お願い、行かないで」

 胸が疼いた。

 もう少しで彼女の細い肩を抱こうとした手を、カシスはゆっくりと下げた。

(ダメだな、俺も……)

 受け容れることも、跳ね除けることもできない。

 どうすればいいのか、どうしたいのか、胸の疼きが思考を止めてしまう。

 自分が見えているようで、本当は何も見えていない。

 何も答えずただ彼女の目をみつめ返すカシスに、エトは失望したようだった。

「信じられないんでしょうね、こんな私の言葉なんて……」
「そんなことはないさ……」

 エトが信じられないんじゃなくて、自分が信じられないんだ―― 正直な気持ちだが、そう言って、彼女に伝わるだろうか。それほどカシスも話し上手じゃない。どうしようもなく、あえて彼女の気持ちには触れず、話を元に戻す。

「あの馬鹿はどこだ?」
「……あなたにとって、大事な子なの? フィアは」
「どこにいるんだ?」
「答えてくれたら、教えてあげる」

 目元はまだ涙で赤く潤んでいたが、ほんの少しだけ、悪戯っぽく彼女は微笑んだ。

 こんな問答を続けている場合ではない―― だが、闇雲に探したところで、見つかるとも限らない。諦めてカシスは答えた。

「いいか、エト。あいつは、人外魔境の天変地異なんだ」
「え?」
「あの馬鹿女を怒らせてみろ。館どころか、山ひとつ吹き飛ばしたって不思議じゃない」

 アギルもエトも、フィアを『聖法使い』だと言った。だが、厳密にフィアは聖法使いではなく、龍の眷属だ。カシスも聖法使いがどういうものなのか詳しく知らないが、おそらくよりフィア持っている力は、聖法より強大で破壊的なものだろう。となると、フィアを捕まえた連中は彼女の力を見誤っている可能性が高く、危険だ。

「それ、どういう意味なの?」
「文字通りさ。あいつ、ひとりでエキドナを仕留められるんだぞ」
「エキドナって…… 魔物の母を? あんなかわいい子が?」
「そうそう。かわいいかどうかは知らんけど」
 
 エトが、2、3回瞬きをした。よほど驚いたらしい。

「うそよ」
「だから、嘘ついてどうすんだよ。あいつの魔法がなかったら、今頃俺は《森》で骨になってる」

 沈黙鳥に首を折られそうになった生々しい記憶が甦って、カシスは気分が悪くなった。首を揉んで、気を取り直して、続ける。

「正直あいつがどうなろうと知ったこっちゃない。どうせ誰にもどうにもできないからな。でも、捨てていったとなればどんな恨みを買うか…… それに比べれば、ヤクザに逆らうほうがまだマシだ」

 笑って、肩をすくめてみせる。

「生き延びるには、あいつの機嫌を取りにいくしかない。そんなところだよ ……教えてくれるか?」

 すっと、エトが体を離した。そこには、いつもの微笑みを浮かべた彼女がいた。

「嘘つきなのね、カシス」

 髪の乱れを整えながら、彼女は続けた。

「でも、やっぱり好きよ」

 残り香だけが、いまだカシスに纏わりついていた。

 くるりと、彼女はカシスに背を向けた。肩越しにこちらを見やると、館の奥を指さした。

「こっちよ」

 小走りに走りだすエトの背を、カシスは追いかけた。


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グレープフルーツの薫りの香水っていやらしくなくていいよね。 
大人な姐さん、好きです。
つづく。

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