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やっとゆとりができたので、つづき更新。

CHILDREN OF GROUND
第4章 千年の森
1: 迷い人







 クノンが呪文を唱えるのと、別の方向から声が響くのはほぼ同時だった。

『疾風よ、駆れ!』
『ムァ=カルス!』

 ふたつの不可視の刃が激突して、空中ではじけて消えた。圧縮された空気が、一瞬だけ真空を作り出したのだろう。近くの木に鋭い亀裂が走った。

「なっ……」

 ただならぬ空気に、カシスは剣に手を添えた。攻撃を受けた。しかし、はっきりと人の声がした。魔物ではない。

 周囲を探っていると、何かが木の上から落ちてきた。

 落ちてきたのは人だった。飛び降りてきた、が正確だろう。姿勢を正すと、細身の人影は頭を覆っていたフードを外した。
 
 若い男だ。短く刈った髪が、清潔そうな印象を与える。年のころは、カシスより少し年上なぐらいだろうが、嫌に落ち着いた眼差しをしている。もし先程の呪文がこの男によるものなら、両手首についた腕輪にはまっている宝玉は、精霊石だろう。

 魔道師といえば、クノンのようなローブを身に纏っているのが普通だが、目の前の青年は、まるで間者のような身軽な服装をしていた。

「君ぐらいだよ、そんな荒っぽい魔法を使うのは」
「貴方のように、一瞬で精密な展開式を編める魔道師のほうが少ない」

 素っ気無いクノンの言葉に、深い声音が答えた。
 それ以上争うつもりはないらしい。二人は歩み寄ったが、クノンは固い表情のままだった。

「何しに来たの、ハイル」
「お迎えに参上いたしました、若様」

 ハイルと呼ばれた青年は、恭しくクノンの前に膝をついた。

「なんだ? クノン、知り合いか?」

 カシスの問いかけに過敏に反応したのは、青年のほうだった。
 
 こちらを見るそのまなざしは、咎めるように鋭かった。

「うん、まぁね」
「……そうか」

 ハイルとかいう男の視線は気にくわなかったが、カシスは剣から手を放した。
 
 青年はクノンに視線を向けると、会話を続けた。

「まさか、こんな森深くまで入られるとは思いませんでした。逞しくなられたのですね」
「ハイルを撒くつもりだったんだけど。まさか追ってくるなんて」

 悪びれた様子もなく、クノンがさらりといった。そして、カシスのほうに顔を向けた。

「カシス、言い忘れたけど、フィアが方向を誤ったのは僕のせいだ。コンパスに、ちょっと仕掛けしてね」
「おいおい……」
「フィアにも謝っておかなくちゃね。大丈夫、正確な位置は僕が把握しているから、正規のルートに戻ろうと思えば戻れるよ」

 呆気に取られて、カシスは何も言い返せなかった。この青年を撒くために自分達を巻き込んだこともそうだが、知己の人物を遠ざけたい理由も解せない。

 案の定、青年が顔を曇らせた。

「若様…… 私が戯れで貴方を追っていたとでも?」
「そうは思わないよ。でも、僕は帰らない。約束の時間にはまだ早い」
「貴方にお帰りいただかないと困る事態が起こった、とは思われないのですか」

 何の話かさっぱりだが、一言増すごとにふたりの語気が強まっていく。

 カシスは関係なさそうなので、腕組をして傍観を決め込んだ。状況を飲み込もうと二人を観察する。

 明らかに年上のはずの青年が、クノンに対して尊敬語を使っている。クノンを『若様』と呼んでいる。

 当のクノンは、明らかに渋い顔をしている。普段の柔和な印象とは、だいぶ違う。

「そういうときのための君じゃないか、ハイル。僕の代わりはすべて任せるって言い置いたはずだ」
「私では務まらない話なのです、若様」
「その呼び名をやめないか!」

 鋭い叱責だった。普段の少年からは想像つかないほど荒げた声だった。

 事の成り行きを見守っていたカシスでさえ、思わず肩をすくませた。

 重い沈黙が振ってきた。葉擦れの音が響く。

 
「ハイル…… 話したはずじゃないか、全部……」

 クノンが呟いた。荒げた声とは裏腹に、その目は悲しそうに揺れていた。

 青年は、クノンの目を見る事無く、頭を垂れたまま続けた。

「……人払いを。お家に関わる話です」
「いや、このまま話して」

 きっぱりとクノンが言った。クノンはカシスを示すと続けた。

「彼は信頼できる人だ。それに、こんな森で、人払いなんて無駄だろ」

(追い払ってくれたほうが、こっちも楽なんだがね……)

 カシスの胸中を知ってか知らずか。ね、カシス、いいでしょ? とクノンがこちらを振り返った。

 カシスは肩をすくめる他なかった。こういう頭に血の上っているクノンには、あまり逆らわないほうがいいことを、カシスは分かっていた。ハイルはしばらく黙っていた。

「……クノン様」
「様、も要らない。ハイル義兄さん」

 ハイルが顔をあげた。すっかり疲れた顔でため息をつくと、その場に立ち上がった。

 クノンを見下ろすと、やれやれと首の後ろを掻いた。

「相変わらず面倒な奴だ。素直に言うことを訊いてくれれば、私の仕事も減るのに」
「今更じゃないか、義兄さん」

 口調のくだけたハイルに対し、やっと嬉しそうにクノンが笑った。

 「にいさん」という響きがさらにカシスを混乱させた。一体、このふたりはどういう関係なんだ?

 ハイルは、一度気遣わしげにカシスを伺ってから、少し声を潜めてつづけた。
 
「まぁいい。本題に入ろう。父君のことだ」
「父さんが?」

 それまで冷静に振舞っていたクノンが、初めて動揺した。

「急病で倒れた。父の容態ぐらい、会って確かめてやるのが息子の務めだろう」
「そんな――」

 クノンがわなないた。だがそれも数秒のことで、唇を噛み締めると、冷静な口調に戻った。

「なら、なおさらだよ。そんなに急な事態なら、手紙でいいじゃないか。なんで出て来たんだい? そんなときこそ、義兄さんに動いてもらわないと――」
「ただ倒れたわけではない。やっかいなんだ、いろいろと。それに、手紙ぐらいで帰ってくるお前か、クノン」

 ハイルが苦々しく呟くと、ばつが悪そうにクノンが笑った。

 疲れたように嘆息して、ハイルが続けた。

「ここで詳しい話をするより、お前が屋敷にもどるほうが早いだろうな」
「……戻るには、まだ早いよ。まだ1年だ」
「侯爵が倒れてもか。それとも『倒れたからこそ』とでも言いたいのか」

 ハイルが苛立ったように低い声を出した。
 
 クノンは正面から青年を睨み返していた。

「この親不孝めが……」
「だからそれは――!!」

 何か言いかえそうとするクノンの肩をハイルがつかんだ。厳しい顔でハイルは続けた。

「なんと言おうが、カストマイダー家を継ぐ資格があるのはお前だけだ、クノン! 皆お前を待っているんだぞ! くだらない意地を張っていないで、帰ってくるんだ!!」
「そんな…… くだらないってなんだよ!」
「あー、ゴホンゴホン」

 わざとらしくカシスは咳払いをして、ふたりの注意を引いた。

「喧嘩は後回しにしてくれ、御二方」
「喧嘩じゃない」
「喧嘩ではない」

 息ぴったりに、クノンとハイルが口々に答える。

「なに? どうしたの?」

 クノンはハイルの手を振り払って、乱れた襟元を調えた。
 カシスはすらりと剣を抜いて、右手に下げた。

「ちっと騒ぎ過ぎたな。お客さんだ」
「客だと?」

 ハイルが不思議そうに周囲を見回して、はっとした。

 木々に隠れているが、そこで何かが蠢いていた。





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ハイル兄さんの名前がなかなか決まらなくて大変だった。
ああでも苦労性の御兄さんが大好きだ。
つづく。


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